齋藤ゆりえ

【パニック・アダルトチルドレン・人間関係が得意分野です】
「いつからでも人生ははじめられます。」

出身地

福島県福島市

趣味

歌唱 TVドラマ観ること 音楽鑑賞 読書

経歴

1969年生まれ。 福島県出身。

医療事務を28年経験。

その間にパニック障害を発症し通院、薬物治療をしてきました。20年以上にわたります。

現在は個人でカウンセラー活動をしています。

プロフィール

夫、息子(22才)、愛犬2匹と暮らしています。


私は28才でパニック障害を発症しました。
20年以上にわたりました。
その間に息子を妊娠出産し、離婚を経験しました。
現在の夫とは再婚になります。


パニックで辛い時は、車の運転や電車に乗ること、飛行機に乗ることも怖くて自分の行動範囲が狭くなっていきました。
好きなことも趣味もなくいつも自分を見張る生活になりました。
楽しむこともできなくなりました。

元来、頑張り屋の私は家族のため、他人のために尽くす毎日でした。
仕事と家の往復だけで代わり映えのしない日々につまらなさを感じていたけれど、パニックの自分がいつもつきまとってどうしていいかがわかりませんでした。
唯一、息子が小学校から高校までサッカーをしていたので仕事を休んでまで、応援やお世話をすることが生きがいになっていました。

でもその日々が過ぎるとまた同じような毎日に疑問を持つようになって自分をなんとかしたいと思うようになりました。
ある時、ブログで見掛けてはじめてカウンセリングを受けました。
自分が抱えているパニックのことを話したのは初めてで、自分だけが苦しいのではないことを知り、
同じように苦しんでいる人の話を聞きたいと思うようになりました。

私が楽になれたことを伝えたいと思うようになり、カウンセラー養成コースに通いました。
心の仕組みを学んでいく中で「悩みの根本原因」にアクセスすることで自分らしく生きることができるようになることを知りました。
私は小さい頃から両親との関係に悩んでいて、長年、親の価値観で生きてきました。


「私がどうしたいのか」が分からなくて世間一般でいう「いい事」だと思われることをしていれば親からも他人からも怒られないだろう、
文句言われないだろうと思って行動してきました。
だから自分の好きがなんなのか、私はどんな人間なのか分からないし考えたことさえなかったことに気づいたのです。

それでも、今までの辛かったけれどパニックの自分でいた方が楽だと思うこともあり、
怠け者の私は自分に向き合うことから逃げてしまうこともありました。
元々、人前で話すことが苦手ですが、カウンセラーとして活動し、お話を伺う機会も増えて、私自身も癒されていることを感じてます。


パニックを経験したことで人の痛みがわかるようになり、強い自分でいなければいけないと思って生きてきましたが、
弱くて繊細で寂しがり屋の私でもいいんだということを現在50才を過ぎた私が実感しています。

メッセージ

人を頼って助けてもらっていいんです。
私が支えになり笑って過ごす時間が増えるようお手伝いさせていただきます。

お申し込み先

以下のカウンセラーのサイトよりお申込みください。

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